a beautiful day for diffusion of a death by exposing it to the elements.
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スティーブ・エリクソンという作家に、彼の作品の訳者がインタビューをしたときに、エリクソン自身を評して「そこにいないみたいな人」と言っていたのが面白くて、拝借しました。
あ、私=藤内です。
長いので畳みます。
あ、私=藤内です。
長いので畳みます。
綾部先輩が2年だった頃は、まだ「そこにいる」感じがした。3年になると、「そこにいる」感じはどんどん希薄になり、4年になった今は、どんなに近くにいても「そこにいない」感じがする。
そこにいない、というのは、存在感がないという意味ではなくて(あれだけ図々しくかつ奇特な行動しかしない人の存在を無視しろと言われるほうが難しい)、なんというかとても遠くにいて、いつまで経ってもその人自身と向き合うことができないような気がする、ということだ。
受け答えが不思議ちゃんだとか、天才肌のあまり常人には理解しがたいとか、そういうことでもない。
だから、その任務の相談をしたとき、私は、よりにもよってなぜ綾部先輩にこんなことを尋ねてしまったのだろうとかと少し後悔した。質問と綾部先輩、それぞれの存在の次元がかみ合っていないような気がした。神様に方程式の解き方を聞くようなものだ。
そして答えはやっぱり、次元の違いを突きつけられるようなものだった。
「人を殺すときの心構えを教えて下さい」
「何も考えないで、手を前に突き出したり横に振ったりするよう心がけろ」
私はすっかり気勢を削がれてしまい、そのまま誰にも尋ねることなく、初めての、
人を殺す任務
に出かけた。
失敗して返り討ちに遭うならそれもいいと思っていたせいもある。
殺す相手は、裏々山の麓の団子屋で一人で団子を作っては売って、細々と生計を立てている(と思っていた)、孤独な(ように見えた)爺さんだった。
私は1年の頃、当時の六年の先輩にお土産にもらったのがきっかけで、そこの団子をすっかり気に入って、時には一人で出かけて、夕方までじいさんと喋りながら団子を頬張ることもあった。
爺さんは何かとよく気がつく人で、俺が実習や何やらで怪我をしていていると、「痛みなんてこれで吹っ飛ぶさぁな」と団子を1本おまけしてくれたし、テス トの成績が悪くて落ち込んでいると、「これを食うと頭が良くなるぞ」と団子を2本おまけしてくれた。何でも団子で換算することが一般的にいいことなのか良 くないことなのかはわからないが、少なくとも、一本の団子がそれまで見ていた景色をまったく違うものにしてくれることもあるのだというのはわかった。
私は爺さんのことを、血の繋がった本当の爺さんみたいだと、ときどき、思った。
だから、私が選ばれたのだった。ドクタケ城の間諜である爺さんに、怪しまれずに近づける私が。
普通の人ならば床(とこ)についてしばらく経ったと思われる頃、粘っこい闇が広がる晩春の夜の中を、私は一人、じいさんの団子屋に向かった。
茶屋の脇の、爺さんの住処となっている小屋の扉をトントンと何度か叩くと、向こうで人が動く気配がし、やがて寝間着の爺さんが寝ぼけた顔を出した。
「おぉ、なんだ、藤坊か。どうした、こんな夜遅くに」
「友達が…熱出して…あの、どうしても団子が食べたいっていうもんだから、夜中なのに、あの、ごめんなさい……」
「そうかそうか、藤坊は友達思いじゃなぁ。まぁ入れ」
私は爺さんについて小屋に入り、扉を閉めた。そして、そのまま動きを止めず、土間から奥に上がろうとするじいさんに、後ろから斬りかかった。いったん止まったら、絶対に体が動かなくなる、と思っていた。
爺さんの右首筋から左脇腹に、サッと赤い閃光が走った。
短刀を引き抜き、ふ、と腹にためていた息を吐き出すと、つぎの瞬間、熱くて、ぬるっとしていて、重みのあるものが、大量に上から降りかかってきた。
その感触に、思わず体がこわばる。目の前のすべてが、一瞬にして赤く染まった。頚動脈から噴き出した返り血だった。
自分の血の雨の中で爺さんは振り向き、目をカッと見開いて、私の顔を真正面から覗き込んだ。
私は反射的に身構えたが、爺さんは何もすることも言うこともできず、そのままガクリと膝をつくと、顔面から棒のように倒れた。
体が地面に激突した勢いで、また血が飛び散って、今度は膝から下が濡れた。
爺さんは、土間の土を苦しそうに引っかいてもがきながら、濁った目で私を見上げた。倒れた拍子に折れた鼻が、泥饅頭を拳骨でつぶしたような形になってい る。口は、陸に跳ね上がってしまった魚みたいにパクパクしていて、何度かに一度、その動きに合わせて血がゴボッ、ゴボッと溢れ出た。
なぜ?
爺さんの、音にならない言葉にも目にも、憎しみや、怒りははなかった。そこにあったのは、ただ、純粋な、混じりけのない問いかけだけだった。その問いかけが、和紙にこぼした墨汁が広がっていくように私の中に染みこんでゆくと、答える代わりに体ががくがくと震え始めた。
気を抜くと、
爺さんがどんなふうに優しかったか、つらかったときに食べた爺さんの団子がどれほどうまかったか、爺さんの欠けた歯、団子を焼くときの調子っぱずれの鼻歌、名前を呼びながら頭を撫でてくれる手
といったものが、私を蝕んで、自分がもう元の姿には戻れない何ものかになってしまいそうな気がした。
その感触を振り払うために、
それを振り払うためだけに、
私は倒れた爺さんに馬乗りになって、
「何も考えないで、手を前に突き出したり横に振ったり」
した。
「もう、死んでるよ」
後ろから、夜に冷たい砂糖水を流しこんだみたいな、ひんやりと甘やかな声がした。
振り向くと、綾部先輩が、扉を半分ほど開けて、こちらをじっと見ていた。
私は綾部先輩に手を引かれて、忍術学園に向けて歩き出した。
夜は、底なし沼のようにどろどろとしていた。ふとした拍子に、自分自身や、夜目に浮かび上がるまわりの風景や、数時間後に来るであろう朝といったもの が、その中に呑み込まれて沈んでいってしまうような気がして、私は、綾部先輩の手をぎゅっと握っていた。助けてほしかったのだけど、何と言っていいのかよ くわからなくて、何も言わなかった。
綾部先輩はなんだか、いつもよりは「そこにいる」感じがした。
「あの爺さん、悪い人じゃなかったんです」
歩きながら、私は言った。じいさんがドクタケと手を組んだのは、生きていくためには仕方のないことだった、のだと思う。
というか、私たちが殺した人たち(私はこれが初めてだったけど)、これから殺す人たちは、きっとみんなそんな人たちばかりなのだ。
「正しいか悪いかなんて関係ないんだよ」
綾部先輩は私の手を引いたまま、振り向きもせずに答えた。
「じゃ、何が関係あるんですか」
「……事情かなぁ」
「わけがわかりません」
「じゃ、わかりやすく説明してやろう。例えば、お前がこれに懲りて忍術学園を逃げ出すなんてことになったら、私はお前を追いかけて殺す。忍術学園の存在を外に漏らすわけにはいかないから。これって別に正しくも悪くもないだろ」
綾部先輩は、という言い方は、間違っているように私には思える。きっとここは、私たちの上をしんしんと流れる時間は、というべきなのだろう。私たちの上 をしんしんと流れる時間は、そんな言葉を、蝶のように軽やかに無責任に、闇の中に舞い上がらせた。後には、後味の悪い余韻となった言葉のぬけがらが、夜の 底の澱(よど)みを浮きつ沈みつしているばかりだった。
私は、往生際悪くそのぬけがらを拾った。それはいつかは腐蝕するか風化するのかもしれない。だがそうであっても、私はそのままうち捨てていく気にはならなかった。
「先輩は、それでもいいと思っているんですか」
先輩は突然立ち止まって、振り向いた。
顔の皮をひきつらせたのを膠(にかわ)で固めたような無表情のなか、目だけが、怒ったような、泣き出しそうな、笑い出しそうな、困っているような……い ろんな感情を、順番も考えず、片っ端から突っ込んだみたいに爛々と光っていて、それ自体が何かべつのいきもののようだった。
「今はまだ、よくないと思ってる」
私たちは、学園に着くまでの間、口をきかなかった。ただ一つの質問と、その答えを除いては。
「先輩は、今までに何人殺したことがありますか」
「……さんにん」
その後一週間、私は授業を休み部屋に閉じこもり(同室の数馬は気を使って、その間、保健室に寝泊りしてくれた)、その一週間後に、綾部先輩と例のアレを致した。どちらからか誘ったのか、あるいは自然のなりゆきだったのか、詳しいことはよく思い出せない。
悲しみで気が動転したわけでもなければ、やけっぱちになったわけでもない、と思う。
ただ、少し落ち着いて、明るいところで見た先輩の膚(はだ)は、あらゆる物事を拒絶するみたいに、痛ましいほどに清々(すがすが)しく張りつめていて、私はソレに、つらくてひどくて動物みたいなことをされたいと思った。
「藤内」
「何ですか」
「……何ていうか、ようこそ」
「……何ていうか、ありがとうございます」
綾部先輩は、今は、ちゃんと「そこにいた」。それでも先輩はたまに、
「でも私は、いつまでここにいるか、わからないけど」
なんて言う。
そこにいない、というのは、存在感がないという意味ではなくて(あれだけ図々しくかつ奇特な行動しかしない人の存在を無視しろと言われるほうが難しい)、なんというかとても遠くにいて、いつまで経ってもその人自身と向き合うことができないような気がする、ということだ。
受け答えが不思議ちゃんだとか、天才肌のあまり常人には理解しがたいとか、そういうことでもない。
だから、その任務の相談をしたとき、私は、よりにもよってなぜ綾部先輩にこんなことを尋ねてしまったのだろうとかと少し後悔した。質問と綾部先輩、それぞれの存在の次元がかみ合っていないような気がした。神様に方程式の解き方を聞くようなものだ。
そして答えはやっぱり、次元の違いを突きつけられるようなものだった。
「人を殺すときの心構えを教えて下さい」
「何も考えないで、手を前に突き出したり横に振ったりするよう心がけろ」
私はすっかり気勢を削がれてしまい、そのまま誰にも尋ねることなく、初めての、
人を殺す任務
に出かけた。
失敗して返り討ちに遭うならそれもいいと思っていたせいもある。
殺す相手は、裏々山の麓の団子屋で一人で団子を作っては売って、細々と生計を立てている(と思っていた)、孤独な(ように見えた)爺さんだった。
私は1年の頃、当時の六年の先輩にお土産にもらったのがきっかけで、そこの団子をすっかり気に入って、時には一人で出かけて、夕方までじいさんと喋りながら団子を頬張ることもあった。
爺さんは何かとよく気がつく人で、俺が実習や何やらで怪我をしていていると、「痛みなんてこれで吹っ飛ぶさぁな」と団子を1本おまけしてくれたし、テス トの成績が悪くて落ち込んでいると、「これを食うと頭が良くなるぞ」と団子を2本おまけしてくれた。何でも団子で換算することが一般的にいいことなのか良 くないことなのかはわからないが、少なくとも、一本の団子がそれまで見ていた景色をまったく違うものにしてくれることもあるのだというのはわかった。
私は爺さんのことを、血の繋がった本当の爺さんみたいだと、ときどき、思った。
だから、私が選ばれたのだった。ドクタケ城の間諜である爺さんに、怪しまれずに近づける私が。
普通の人ならば床(とこ)についてしばらく経ったと思われる頃、粘っこい闇が広がる晩春の夜の中を、私は一人、じいさんの団子屋に向かった。
茶屋の脇の、爺さんの住処となっている小屋の扉をトントンと何度か叩くと、向こうで人が動く気配がし、やがて寝間着の爺さんが寝ぼけた顔を出した。
「おぉ、なんだ、藤坊か。どうした、こんな夜遅くに」
「友達が…熱出して…あの、どうしても団子が食べたいっていうもんだから、夜中なのに、あの、ごめんなさい……」
「そうかそうか、藤坊は友達思いじゃなぁ。まぁ入れ」
私は爺さんについて小屋に入り、扉を閉めた。そして、そのまま動きを止めず、土間から奥に上がろうとするじいさんに、後ろから斬りかかった。いったん止まったら、絶対に体が動かなくなる、と思っていた。
爺さんの右首筋から左脇腹に、サッと赤い閃光が走った。
短刀を引き抜き、ふ、と腹にためていた息を吐き出すと、つぎの瞬間、熱くて、ぬるっとしていて、重みのあるものが、大量に上から降りかかってきた。
その感触に、思わず体がこわばる。目の前のすべてが、一瞬にして赤く染まった。頚動脈から噴き出した返り血だった。
自分の血の雨の中で爺さんは振り向き、目をカッと見開いて、私の顔を真正面から覗き込んだ。
私は反射的に身構えたが、爺さんは何もすることも言うこともできず、そのままガクリと膝をつくと、顔面から棒のように倒れた。
体が地面に激突した勢いで、また血が飛び散って、今度は膝から下が濡れた。
爺さんは、土間の土を苦しそうに引っかいてもがきながら、濁った目で私を見上げた。倒れた拍子に折れた鼻が、泥饅頭を拳骨でつぶしたような形になってい る。口は、陸に跳ね上がってしまった魚みたいにパクパクしていて、何度かに一度、その動きに合わせて血がゴボッ、ゴボッと溢れ出た。
なぜ?
爺さんの、音にならない言葉にも目にも、憎しみや、怒りははなかった。そこにあったのは、ただ、純粋な、混じりけのない問いかけだけだった。その問いかけが、和紙にこぼした墨汁が広がっていくように私の中に染みこんでゆくと、答える代わりに体ががくがくと震え始めた。
気を抜くと、
爺さんがどんなふうに優しかったか、つらかったときに食べた爺さんの団子がどれほどうまかったか、爺さんの欠けた歯、団子を焼くときの調子っぱずれの鼻歌、名前を呼びながら頭を撫でてくれる手
といったものが、私を蝕んで、自分がもう元の姿には戻れない何ものかになってしまいそうな気がした。
その感触を振り払うために、
それを振り払うためだけに、
私は倒れた爺さんに馬乗りになって、
「何も考えないで、手を前に突き出したり横に振ったり」
した。
「もう、死んでるよ」
後ろから、夜に冷たい砂糖水を流しこんだみたいな、ひんやりと甘やかな声がした。
振り向くと、綾部先輩が、扉を半分ほど開けて、こちらをじっと見ていた。
私は綾部先輩に手を引かれて、忍術学園に向けて歩き出した。
夜は、底なし沼のようにどろどろとしていた。ふとした拍子に、自分自身や、夜目に浮かび上がるまわりの風景や、数時間後に来るであろう朝といったもの が、その中に呑み込まれて沈んでいってしまうような気がして、私は、綾部先輩の手をぎゅっと握っていた。助けてほしかったのだけど、何と言っていいのかよ くわからなくて、何も言わなかった。
綾部先輩はなんだか、いつもよりは「そこにいる」感じがした。
「あの爺さん、悪い人じゃなかったんです」
歩きながら、私は言った。じいさんがドクタケと手を組んだのは、生きていくためには仕方のないことだった、のだと思う。
というか、私たちが殺した人たち(私はこれが初めてだったけど)、これから殺す人たちは、きっとみんなそんな人たちばかりなのだ。
「正しいか悪いかなんて関係ないんだよ」
綾部先輩は私の手を引いたまま、振り向きもせずに答えた。
「じゃ、何が関係あるんですか」
「……事情かなぁ」
「わけがわかりません」
「じゃ、わかりやすく説明してやろう。例えば、お前がこれに懲りて忍術学園を逃げ出すなんてことになったら、私はお前を追いかけて殺す。忍術学園の存在を外に漏らすわけにはいかないから。これって別に正しくも悪くもないだろ」
綾部先輩は、という言い方は、間違っているように私には思える。きっとここは、私たちの上をしんしんと流れる時間は、というべきなのだろう。私たちの上 をしんしんと流れる時間は、そんな言葉を、蝶のように軽やかに無責任に、闇の中に舞い上がらせた。後には、後味の悪い余韻となった言葉のぬけがらが、夜の 底の澱(よど)みを浮きつ沈みつしているばかりだった。
私は、往生際悪くそのぬけがらを拾った。それはいつかは腐蝕するか風化するのかもしれない。だがそうであっても、私はそのままうち捨てていく気にはならなかった。
「先輩は、それでもいいと思っているんですか」
先輩は突然立ち止まって、振り向いた。
顔の皮をひきつらせたのを膠(にかわ)で固めたような無表情のなか、目だけが、怒ったような、泣き出しそうな、笑い出しそうな、困っているような……い ろんな感情を、順番も考えず、片っ端から突っ込んだみたいに爛々と光っていて、それ自体が何かべつのいきもののようだった。
「今はまだ、よくないと思ってる」
私たちは、学園に着くまでの間、口をきかなかった。ただ一つの質問と、その答えを除いては。
「先輩は、今までに何人殺したことがありますか」
「……さんにん」
その後一週間、私は授業を休み部屋に閉じこもり(同室の数馬は気を使って、その間、保健室に寝泊りしてくれた)、その一週間後に、綾部先輩と例のアレを致した。どちらからか誘ったのか、あるいは自然のなりゆきだったのか、詳しいことはよく思い出せない。
悲しみで気が動転したわけでもなければ、やけっぱちになったわけでもない、と思う。
ただ、少し落ち着いて、明るいところで見た先輩の膚(はだ)は、あらゆる物事を拒絶するみたいに、痛ましいほどに清々(すがすが)しく張りつめていて、私はソレに、つらくてひどくて動物みたいなことをされたいと思った。
「藤内」
「何ですか」
「……何ていうか、ようこそ」
「……何ていうか、ありがとうございます」
綾部先輩は、今は、ちゃんと「そこにいた」。それでも先輩はたまに、
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プロフィール
ごんファイ
一. 文章を書いて生きています。
一. 日本史から入ったタイプなので、落.乱、忍.た.ま以外のアニメ、マンガ、ゲームの話にはついていけないことが多いです。申し訳ない!
一. 日本史から入ったタイプなので、落.乱、忍.た.ま以外のアニメ、マンガ、ゲームの話にはついていけないことが多いです。申し訳ない!
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