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a beautiful day for diffusion of a death by exposing it to the elements. 



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414WC5AgLML._SL500_AA240_.jpg※団蔵ではないです。
※ネタバレ記事ですので、読んでいる方、これから読む方がいたらご注意!

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もやもやしてしょうがないので書きます。
数週間前にこの小説を読み終わったのだが、いまだに最悪な読後感を引きずっている。加藤団蔵のモデルになった「加藤段蔵」という忍者の話なんだけど、この 人がまた、人生に何ひとついいことが起こらないまま死んでいくんですよ。いいことが起こりそうになっても、すぐポシャっちゃう。『花の慶次』の飄々とした 好々爺とは大違いですね。

そういう意味では『嫌われ松子~』にも似ているような気がするけど、松子は多少なりとも幸福を味わった後に不幸になるという流れだったのに対し、こちらは 終始徹底的に不幸ばかり。不幸から立ち上がろうと身に付けた能力や知恵や前向きな姿勢や自己アピールがまた次の不幸の呼び水になる。なんなのこの連鎖。し かも段蔵が超人的に強くて、ちゃんとひとつひとつ難題をクリアしていっているのがずるい。クリアしているのに、不幸になっている。
415ページにも及ぶ長編の中で、段蔵の身に起こったいいことといったら、山梨で食った葡萄が美味しかったことぐらいじゃなかろうか。

己を殺し「正心」を以って忍者の本懐を遂げたいという、一個人の欲望からは離れた禁欲的な願いが、生みの親に捨てられ、育ての親の背中に何と言って縋ったらいいのかわからないまま育った段蔵のアイデンティティの確立に深く結びついてしまったことが、彼の悲劇だったと思う。
己を持たない者に、己を殺せるわけがない。

本質的には絡み合わないはずの、真反対の性質の2つ願いが絡み合って生じた静かな暴走が、作者の手で冷徹に「悪」と同じベクトルの何かとして処理され、それが破滅を引き寄せる。もうホント見てられない。読破したけど。

でもその暴走は、読者側からしてみれば彼の体に流れる血潮を感じさせてくれた。
多分、ストイックなだけだとか、己の存在意義を求める人間臭さがあるだけでは、段蔵の心臓が脈打つ音が行間から聞こえてくることは、なかっただろう。

読後数日は、夜、ふと目が覚めたときに「あぁ、段蔵は死んだんだなぁ」と思い出しては落ち込むなんてことも、冗談ではなく本当にあったぐらいで、力石徹よ ろしく葬式を出すとまではいかなくても(※)、線香の一本ぐらいは甲府に向かって手向けそうな勢いだった。末期症状的な感情移入ぶりである。

※若い方はご存知ないでしょうが、というか私もリアルタイムでは知らないのですが、『あしたのジョー』というボクシングマンガの主人公のライバルである「力石徹」というキャラクターが作中で死んだ際、読者が集まってリアルに葬式を出したそうです。

でも、昨夜、段蔵が子供を拾って育て、どうやって親子の愛情を教えようか悩んでいるという夢を見た。それで、あぁ、私の中での彼への弔いは済んだのかもしれない、と思った。


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言うまでもないが「本当の顔は…」の鉢屋を、あんな後ろ向きな視線でしか見られなかったのはこの本が原因。

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