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a beautiful day for diffusion of a death by exposing it to the elements. 



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わたし=たきやしゃまる です。

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今日、母が死んだ。
いや、昨日かもしれないが、わたしにはよくわからない。

知らせを受けて学園長の許可を取り、その翌日の朝、葬式のために実家に戻ることになったわたしは、学園中の、とくに同学年の連中の哀れみと好奇のまなざしに晒されることに耐えられず(噂はいつの間にか、駿馬が早春の野を疾駆するかのごとく広まっていたらしい)、

納屋にこもっていた。

納屋には、近所の田畑で刈り入れられたばかりの稲や、柿や栗や葡萄といった豊かな秋の実りが、めいめい勝手な配置で積み上げられたり、籠に入れられ地面に無造作に置かれたりしていた。
晴れた空に燦々ときらめく陽光が、入り口からもわずかに差し込んで、暗く、少し湿ってかびくさくなっている中を、ぼんやりと薄明るく照らしている。壁に立て掛けられた小ぶりの農作具の、重々しい鉄の部分が、その光に反射して眠たそうに浮かび上がっていた。
遠くから、一年生たちが校庭ではしゃぐ声が聞こえた。

そこにあった藁の上に体を横たえ、わたしは、開け放たれた入り口に四角く切り取られた高く澄んだ空と、ときどきそこを横切る鳶の姿を、見るともなく見ていた。

わたしは母の死が悲しかったのではなくて、母の死が悲しくないことが悲しかった。

側室の子であっても、正室の子に負けぬような教養と武芸を身に継ぐべしと、と精魂を込めて育ててくれた母、そんな母に正室に劣らぬ情をかけ、わたしに「孝の心を忘れるべからず」と説いた父。

そういうことを精一杯思い出してみても、わたしは、まったく悲しくなれなかった。

まだ母と暮らしていたころ、いのちというものは、強くたしかなもので、いつかは果てるのだとしても、それはいつ訪れるとも知れない、はるか遠い未来のことだと思っていた。
だが、何人かの友の、たとえば机や、木刀や、寝具や硯や、親元からの文を入れた手箱といったものが、主をうしない、もう進むことのない時間の中に置き去り にされ佇(たたず)む様を見た今は、いのちは、昼には人知れず消える朝露のような、はかなく頼りないものだと思っている。
(わたしは、友のなきがらを見たときよりも、主をうしなったそうした品々にふとした折にふれたときのほうが、よほど、彼らの死を実感することができた)

そういうことを差し引いて考えても、わたしは、まったく悲しくなれなかった。
というか、たぶん、そういうことではないのだ。

「ここにいたのか」
という声に視線を向けると、納屋の入り口に七松小平太先輩が立っていた。

「何ですか」
「やりたくなったから探していた」

七松先輩は袴の帯を解きながら近づいてきた。いつものこととは言え、何とも性急なお方である。しかし、その性急さが、今のわたしには心地よく感じられた。
彼にはまだ、母が死んだことが伝わっていないのだろう。

わたしは昼というには遅く、夕刻というにはまだ早い時間、納屋の中で鳶の啼く声と子供たちがはしゃぐ声を遠くに聞きながら彼に抱かれ、三度、気をやった。

「明日、帰るんだってな。しっかり回向してこいよ」
ジョウジが終わると、七松先輩は小袖に腕を通しながら、わたしの顔を見もせずに言った。
あぁ、だから、彼がすきなのだと、わたしは思った。
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